勇者は三度世界を救う(14)



 長い夢を見ていたように思える。
 人間は死ぬ間際に、それまでの人生を走馬灯のように見ると言う。
 旅の途中で初めてそれを聞いた時、自分はきっとあの村で過ごした楽しい日々、今は失った人達の笑顔が過ぎるのだろうと単純に思った。
 最後にそんな幸せな時間があるなら悪くもないかと思い、それから「違う」と考え直す。
 だって、それは幸せなことだけを思い出すわけではない。もう一度、死ぬ間際に「あの日」の苦しみを、自分の記憶からひっぱりだされるなんて、それは。
 なんて、残酷な時間なのだろうか。もう一度あの光景を脳内で見せられて、いい人生だったな……なんて思えるわけがない。
 だから。
(走馬灯の代わりならば悪くない)
 最後の瞬間、まるで長い夢を見るようにアレクの世界にいられたのは、辛さを伴っても楽しかったと思える。
 アレクと彼の後ろからそっと成り行きを見守るシンシアの姿が薄れ、あの村の空気が薄れ。
 そこにいた、自分があるべきあの忌々しい場所に引き戻される感覚がある。
 アレクの世界で、眠る前に何度も何度もイメージを思い描いていた。もし、その時が来たら。少しでも抗える余力があるならば、戻った瞬間にどうしようかと。
 だが、幾度思い描いても、マリアには勝ちの目があると思えなかった。最悪の状態なら、戻った瞬間、1秒どころかそれにも満たぬうちに命を落とすとしか思えず、イメージは必ず死への恐怖にたどり着く。それでも、もしかしたら何かを思いつくかもしれない……と自分に僅かな期待をして、繰り返しイメージしては摩耗して。心を追い詰め続けて苦しい夜を過ごした。
 なのに、今は不思議と心が穏やかだ。
 世界樹で魔物と戦った後、大慌てでロザリーヒルに向った。が、時既に遅く、ロザリーの死体は持ち去られており「勇者達に気付かれぬように棺だけ戻しておけ」と命じられた魔物達が、棺に砂をかけ直しているところだった。
 遺体を持ち出したのではなく、何かを確認して元に戻しただけなのでは……そんな一縷の望みをかけてその魔物達を倒し、もう一度土を掘り返して棺を開けた。だが、やはりロザリーの遺体はそこにはなかった。デスパレスならまだしも、きっとエビルプリーストがずっと潜伏していた「マスタードラゴンも気付かない空間」に持ち去られたか、町の外で遺体を処分されてしまったのだろうと思う。自分の予測はきっと当たっている。妙な確信があったけれど、それを確認している時間がマリアには残されていなかった。
 デスピサロの死と共に突然集まってきたピース。きっと、デスピサロが死ぬまでは動きを見せないほうが良いと『死んでいるはずの』エビルプリーストは沈黙を守っていたのだろう。どういうからくりなのかはわからないが、アレク達がデスピサロ討伐を終えたのを知って、即刻動き出したに違いない。そうでなければ、こんなタイミングで物事が運ぶわけがないではないか。倒した魔物達の言葉をかき集めてわかったのは、多分エビルプリーストが「やりもらしていた」ことを念のために潰しに動いたように思える。第一、そうおおっぴらに動きを見せれば、エビルプリーストが生きていることをマスタードラゴンに観測されてしまう。その可能性があると知った上で動いたとなれば、それはきっとエビルプリーストにとっては見逃せない、大きな意味があることなのだ。


 ロザリーヒルを出る時、もう自分に残された時間がないと気付き、天空城に行くか故郷の村に行くか迷った。だが、自分がデスピサロを倒した後のことを思い出し、自分の読みを信じたマリアはブランカに向った。そこから東の山側を見れば、ちょうどアレクが乗った気球が降下する様子が見えた。自分の読みは当たっていた、このまま向えばきっと降りてきたばかりのアレクと会える……早く早くと心が急いたが、何故かそこにブランカ周辺で今まで見たことがない魔物が現れ、行く手を遮られた。さすがにこれはわかる。命令をした魔物が戻ってこなかったため、エビルプリーストがなんらかの方法でマリアの存在を嗅ぎつけて放ったのだろう。それまでの魔物と同等の強さを持っていたため、マリアは腹をくくった。体力を温存したいとか、魔法力を温存したいとか。そんなことを言っている場合ではない、と。
 かくして、マリアは己を回復することも出来ず、傷だらけで村に現れたというわけだ。もともと、生半可なものは道具袋にいれていない。あちらの世界に戻ってから、少しでもみなを生き返らすためにとそろえた道具のみだ。結局、マスタードラゴンに教えてもらった双子葉の世界樹の葉をみつけることは出来なかったが、最後に一枚もぎとってきたし、世界樹のしずくも持っている。魔法の聖水も持っていた。だが、それらは「首尾よく仲間を生き返らせ」てから使おうと思っていたもの。体が動かなくなるのは困ったので、最低限の回復はほどこして山道を歩いたが、早朝からの連戦で思いのほか消耗をしていた。それだけは、自分で失敗したとは思っている。
 それでも。
 何よりも、アレクの村で、シンシアが生き返った姿を見ることが出来て、それが嬉しかった。人のことにかまっている場合ではないはずなのに、自分がもう会えないかもしれないシンシアと同じ姿を見て、ああ、よかった、と心底思えたのだ。こんな形でアレクの世界を去ることになったのに、最後に嬉しいご褒美をもらったような気持ちにすらなる。
 ああ、なんていう幸せな夢を見たんだろう。
 何かに吸い込まれるように、禍々しい気配が色濃くなり、空気が変化する。
 先ほどまで、自分の肩を抱いてくれていたアレクの手の重みは全て消え失せてしまった。
 ずっと恐れ続けていた「その時」が戻ってきたのだ、とマリアは自分に言い聞かせる。
 まだだ。まだ、あちらに戻りきってない。それは体感でわかる。
 不思議なものだ、アレクの世界に行った時は、パルプンテのせいなのか意識を失ってしまっていたが、こうやって体験をすると如実に「どちらの世界にいる」のか、はっきりと理解が出来る。今は、言うなれば「どっちの世界にもいない」状態だ、と妙な実感がある。
 が。
 『それ』は刹那に訪れた。
 まるで、止まっていた時計の針が動き出したように。
 マリアの世界のとある時間の点を境にして、マリアは戻ったのだ。
「っ……」
 何度も繰り返してイメージトレーニングをしていたはずなのに、何が起こっているのか理解がすぐには追いつかない。自分は地面に倒れていて。先ほどまで、膝をついて座っていたはずなのに、瞬間でそれは「なかったこと」にされていた。そうだ。あの日、もう駄目だと思った時はその体勢だった。
 力なく倒れていた自分に、エビルプリーストの腕なのか武器なのかわからないが、とにかく何かが振り下ろされる気配を感じたのが最後。マリアは、あえてそれが向ってくる側にごろごろと転がろうとした。素早い攻撃相手に、それが追いかけるような方向に避けるのは危険だという、これまでの経験則からの判断だ。

 けれども。

 ああ、体が動かない。

 これは、あの日のあの時の状態に体が戻っている……。

 刹那で気付き、二度目の絶望に襲われる。
 すべて無駄だったのか、と怒りが湧き上がる。
 いや、世界が混乱している、とアレクに言ったのは他の誰でもないマリアだ。そして、世界を混乱させたのは、時の砂を持ったままパルプンテを唱えてしまった自分。
 あの日のように、時の砂を持っているわけではない。間違いなく、天空の剣と盾を手にしている。それは、アレクの世界での最後の状態が反映されていた。けれど、自分の体勢はこちらの世界のあの時のままで。
 僅かな一瞬に驚くほどの情報量がマリアの脳内を駆け巡った。駆け巡ったが、ただそれだけだ。
 走馬灯というものが浮かぶのはその映像の多さからはそうだと思えぬほど、ほんの一瞬だという。まるでそれと同じように、マリアの脳は最後にひたすら彼女の思いをすべて言語化するように、最後の仕事とばかりにすべてを脳の中にアウトプットしようとする。脳内なのにアウトプット。内側でありつつマリアは己の声を己の中で聞く。
 みんな、助けられなくてごめんなさい。力が足りなくてごめん。シンシア、戻れなくてごめん。この世界を救えなくてごめん。どうか、わたしではない誰かがこの世界を救ってくれますように。
 それから。
 何も出来なかったけれど、あなただけは。あなた達だけは幸せに。
 わたしがいたことなぞ忘れて、未来を勝ち取って、幸せであれ。
 わたしはシンシアの元へ戻れなかったけれど、アレク、あなただけは、せめて。
(どうか……!)
 最早、何に抗うことも出来ず、マリアは「駄目だった」というはっきりとした悲しみに、瞳を閉じた。
 その時。
 頭上で、ガンッという大きな音が響く。誰かが強く地を踏みしめる音と、それから。
 バチバチと、雷が集まるような音が聞こえ、マリアの髪や体の産毛はそれに引きずられるようにぞわりと逆立った。
 驚いて、最後の力を振り絞って顔を起こすと、そこには。

「とりあえず」

 そこには。
 知っているけれど知らない男が、天空の装備に身を包んで立っていた。手にした天空の剣は、マリアがギガデインの魔法を唱えた時のように帯電している。けれど、それは自分が知るそれよりも、もっともっと力強かった。
「あ……」
 暗い地底でその帯電の光に照らされた横顔は、マリアが知っていたその人よりもずっと大人びて、ずっと精悍に見える。一体何なんだ、お前達は、とエビルプリーストの叫び声が響く。それすらどうでも良いほどに、マリアは彼から目を逸らすことが出来ない。
 地を蹴り、帯電させた天空の剣を力強く振るうのは。
「一発食らえ!ギガソード!!」
 ああ、どれぐらいの時を彼は経たのだろうか。
 エビルプリーストに切りかかるアレクは、先ほど別れたあのアレクより、何歳も年を重ねたように思える。
 彼の一撃は、それまで何をしても傷つかなかったエビルプリーストの表皮を切り裂き、初めてその口から咆哮を放たせた。
「マリアさん、回復しますね」
「……ミネア……?」
 そして、彼女の傍に膝をつき、治癒呪文を唱えるその人も。
 あの日、リバーサイドで会ったミネアよりも、年を重ねていて。
「やっだあ、こんな無様な格好で死んでるじゃない!早く、クリフトちゃん、ザオリクかけて!わたしに!」
「待って下さいってば、マーニャさん、そっちは危険……」
「クリフト、スクルト早く!」
「姫様も、駄目ですってば!」
 突然、辺りが騒がしくなる。そこにエビルプリーストがいて戦いは続行しているのに、空気が変わった、とマリアは思う。
 ミネアのおかげで体の痛みも疲労も消えた。ようやく起き上がることが出来たマリアは、驚きで息を飲む。周囲には「いつもの仲間達」がぞろりとそろっており、既にエビルプリーストとの戦闘に入っていた。いや、違う。そこにいるのは、マリアの仲間達ではない。それは、アレクの仲間達だ。理解出来るけれど、感情が追い付かず、マリアの胸にじわりと熱いものが広がった。
「どうして。どうして、ここに……」
 力が戻ると、泣くことも出来るのだ。そんなことを思いつつ、耐えられなくなってマリアは両眼に涙を浮かべた。
 その視界の端に、アリーナの攻撃でぐらりと揺れるエビルプリーストが映る。
 それから。
「よ、久しぶり……っていうか、きっとお前には、さっきぶり、なんだろうな」
 出会い頭の一撃をエビルプリーストに浴びせたアレクが、マリアの傍らに戻ってくる。それと入れ違いでマリアの傍を離れるミネア。
「どういうこと……アレク……」
「あんまり、時間がない。多分、人数こんだけつれてこれちゃったからだろうな」
 アレクはそういうと、時の砂が入った瓶を振ってマリアに見せた。その砂の色は、マリアがアレクの世界に行った時に変化していた色と同じものだ。そして、マリアのものがそうだったように、アレクの砂もほんの僅かずつ減っていく様子が見えた。自分の時よりも早い、とマリアは唾を飲み込む。
「ほーんと、ちょっと聞いてよ?まったくさあ、時の砂とパルプンテって組み合わせを試す、って五日間も朝から晩まで付き合わされて、ようやく二五六回目よ、二五六回目。成功したの」
「えっ」
 説明をしてくれたのは、マリアが知っているマーニャよりも大人の魅力が備わった、更に妖艶さが増したマーニャだ。
「おかげで『あの魔王サマ』なんか三日めと四日め付き合ってくれなかったんだから。ロザリーが説得して、今日戻ってきてくれたけど、今日駄目だったら諦めるところだったのよねえ。よかったわね、マリアちゃん」
 そういってマリアの肩を軽く叩いてから、マーニャもまたエビルプリーストと戦う仲間の下へ向う。
 自分も、とマリアは思ったけれど、自分の力ではまったくエビルプリーストに敵わないことを思い出して、大人しく傍らのアレクを見上げる。
 すぐ傍で、あれほど凶悪な生き物とアレクの仲間が戦っているというのに、どうしても。どうしても、アレクと言葉を交わすことを許されたい。アレクも同じ気持ちなのか、マリアの傍らに留まって、仲間の様子すら見ずに話しかけてくる。
「お前の仲間達は、トルネコが馬車に戻しておいてくれるから、安心してろ。起きられてもめんどくさいから、後で説明してやってくれよ」
 見れば、クリフトがザオリクでマリアの仲間を蘇生した後で、トルネコが何やらあやしいマジックアイテムを使い、再度意識を失わせているようだ。一人ずつライアンが馬車に運び込んでくれている。自分が知らない未来に、よくわからないアイテムをまたトルネコは探したのだな、とぼんやりとマリアは思った。
「試してくれたの?わたしを……こちらの世界を助けるために……」
「うん」
「だって、わたしは何も……何も返せないよ。何もできなかったもの、アレクの世界のことだって……」
「いいや」
 アレクは穏やかに、けれども、はっきり言い聞かせるように告げる。
「お前に助けられたんだ。俺達の世界は」
「え?」
 どういうことかとマリアが問おうとしたその時。
「成る程、確かにこちらのエビルプリーストの方が幾分凶悪で、倒し甲斐があるというものだ」
 知らない男の声。
 そして、その後ろには死んだはずのロザリーの姿が。
「あー、警戒するなよ、マリア、ピサロは今回限りだけ、手を組んでるだけなんだ」
「ピサロ……?」
「うん。デスピサロ」
「……どういうこと……?」
 そんな男は知らない。デスピサロだとしたら、アレクの世界でアレクが倒したデスピサロはどうなったのだろうかとマリアは意味がわからず混乱をする。それに、ロザリー。ロザリーは、遺体を運び出されて……。
 呆然とするマリアに声をかけることもなく、銀髪の魔族はエビルプリーストと戦う仲間達の方へと足早に向っていく。と思えば、突然とんでもない距離の跳躍を見せると、その身を回転させながらエビルプリーストの頭部に体当たりをする。その威力たるや驚きのもので、マリア達が何をしても歯が立たなかったエビルプリーストがぐらりと後ろに仰け反るほどだ。アリーナが「もう、すーぐ勝手なことするんだからー!」と声をあげる。
「俺たちの世界のエビルプリーストより更に強いって話したら、あいつめっちゃキレてたから任せていいんだよ、アレは。ライアンもまたぐぐっと強くなってるし、アリーナは特殊な鉱石で作ったキラーピアスをトルネコが用意してくれたから最強だしよ……あのさ」
「うん」
「俺、お前が俺の世界に来た時、死にそうになってやけくそになってパルプンテ唱えたこと、怒ったじゃん」
「うん」
「あれ、やるわ。やっちゃう。わかった」
「え?」
「お前が、こっちの世界に戻るって瞬間、俺、何かをどうにかしたくて、パルプンテ唱えちゃってさ」
 マリアは、口をあんぐり開けた。
 先ほどまで、ここで死を待つしかなかった自分が嘘のように、まるで夜のリバーサイドで語っていたあの時間を再現しているかのように、アレクは呑気に続ける。
「でも、そのおかげでデスピサロを倒す前に時が巻き戻された。デスピサロを倒すまでは、エビルプリーストは行動に移さなかったからさ、ロザリーの遺体を運び出されないまま時間を過ごして、咲いた世界樹の花でロザリーを救えた。ロザリーを救ったことで、デスピサロを正気に戻して、一時的に休戦できたし、俺たちの世界のエビルプリーストもほどなく倒せたんだ。お前のおかげなんだ、マリア」
「本当に?」
「うん。お前はさ、俺達の世界を救ってくれたんだよ。だから、俺も決めたんだ。お前の世界を救おうって」
 堪えていた涙があふれて、ぼろぼろとマリアの頬を伝って落ちていく。
 アレクは仲間達に、ずっと、ずっと更に強くなるために鍛錬を続けて欲しいと懇願した。驚いたことに、一番それを実践してくれたのはピサロだったという。彼からすれば、関係がない世界であろうと、自分を利用したエビルプリーストが更に進化の秘法を完成させて世界を手中に収めようとしていることが腹立たしかったようだ。
 ライアンとマーニャは知らないうちにお付き合いとやらをしていたらしく、今日が終われば結婚をするらしいし、アリーナはとっくにクリフトと婚約をしており、こちらは今日が終わるとサントハイムの王位も継ぐことになっているという。それほどの時間を経ても尚、アレクの仲間達は、会ったこともないマリアのために、今日という日を待っていたのだという。
「お前がこっちに戻る前に、俺、こっちの空気っていうか、エビルプリーストの気配を感じ取れてさ。絶対勝てないこんなの、って思ったんだ。だから、決してその気配を忘れないように、それだけは覚えているように、それに勝てる強さを手に入れたら、助けに行こうと思っていて」
「それで……延々みんなをつき合わせて、パルプンテを唱えたの……?」
「そ。まいった。時を戻した時みたいに、一発でミラクルって起きると思ってたのに、全然なんだもん。すっげーピサロに怒られて、そんなに何度もパルプンテで死にたいなら、お望み通り殺してやる、って一度マジキレされたんだよね……」
「ふふっ……」
「お前、自分の時の砂、見てみろよ」
「え」
 慌てて道具袋からマリアは時の砂を取り出した。
「!」
 砂が、ない。
 小瓶に入っていたはずの砂がすべて「落ちた」まま、空っぽの状態になっている。
「多分、俺のこれも、これが落ちたらなくなって終わり」
「……マスタードラゴンが言ってた。もともと時の砂は、どっちかというと呪いのアイテムだって」
「うん。時の砂の許容範囲って、一晩の安置で機能を取り戻せるぐらいのものじゃん?」
「そうね」
 時を巻き戻すというとんでもない力は、戦闘中のほんの数分しか効力を為さない。だが、それだけでもとんでもない、マスタードラゴンがなしえないほどの干渉を世界に及ぼすことになる。
 だから、一日に一度だけ。続けて使用することが出来ず、機能を取り戻すのに時間が必要になる。マスタードラゴンはそれを「浄化」と表現していた。
 一度時と世界を越えてしまったマリアの時の砂は、その許容範囲を超えた。そして、アレクもまた。アレクの世界で一度、そして、今また世界を越えて二度。ならば、砂が落ちる速度が速いのは、彼が連れてきた人数由来だけではないかもしれない。
「それだけじゃ、ペナルティが足りない力を使ったら、使い捨てになるんだってさ」
「そういうことなの……」
「だからさ。泣いても笑っても、これが最後。残り時間、俺のかっこいいところちゃんと見とけよ」
 アレクは自分の時の砂――先ほどより更にそれは減っていると見て取れる――をマリアに見せる。
 ついさっきまで。
 ほんの少し前まで、自分がわずかに「お姉さん」で、あちらの世界に行ってすぐの頃は自分の方が強かったのに。
 自分の年を追い越して、大人っぽさが増したアレクはマリアから見ても「かっこいい勇者」という風情だ。
 彼がそんな風に成長するまでの間、マリアには正確な時間はわからないが、ずっと自分の世界のことを、自分のことを考えていてくれたのだと思うと、胸が熱くなる。それを悟られるのがなんとなく気恥ずかしくて、マリアは軽く憎まれ口をたたいた。
「……ちょっと悔しいけど、そうする。わたしもかっこいいとこ見せたかったなあ、もおー!ズルいなあ」
「あっは、馬鹿だな、お前」
 天空の剣を握り直して、アレクはほがらかに笑った。
「ずっとかっこよかったのに。泣いても怒っても、最後まで一人で立ち向かって。お前、本当にかっこよかったんだよ、だから、俺も負けたくなくて、強くなったんだ。今の俺の強さは、お前の強さだ」

 だから、最後までちゃんと見てろ。

 それ以上の言葉はなくても、アレクのその声はマリアに届いた。
 落ちていく時の砂をマリアに渡すと、アレクは駆け出した。その後ろからは、ライアンがついていく。言葉は出さずに軽くマリアに会釈をしていく姿が、とても彼らしいと思う。馬車にみなを積み込み終わったのだろう。
 二人の参戦に気付いたブライが、前方からバイキルトの呪文を唱える。ああ、まだブライも元気だ、嬉しいな……ちらりとそんなことを思えば、見たことがないメラゾーマよりも威力を増した火炎魔法を繰り出すマーニャに驚くマリア。
 大きな炎が時の砂の小瓶をオレンジに染める。そして、そこに、またぱちぱちと雷の光が映り込んだ。これはきっと最初の一撃と同じものだろうとマリアは察する。まだ瞳にわずかに残った涙が、光を更に反射させて「綺麗だ」と素直に思えた。


 俺の強さは、お前の強さだ。


 ああ、幸せな夢だった。本当に自分は頑張ったし、報われた。自分は自分を救い、自分はアレクの世界を救い、そして、アレクというもう一人の自分のおかげで、もう一度自分とこの世界が救われる。
 その瞬間を見逃してなるものか。
 マリアはようやく口端を軽くあげると、初めて「勇者も悪くない」と思った。




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